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2007年7月

2007年7月26日 (木)

シンガポールに家族が来た 番外編

シンガポールで3年暮らしたのち、マレーシアのクアラルンプールに移りました。

シンガポールから、飛行機で1時間弱の距離です。

ここでは、日本人を含む外国人が住むエリアは、かなり限られており、治安の面でも
不安のあった私たちは、欧米人、日本人が多く住む モントキアラ に住む事にしました。

しかし、その日本人の多いことと言ったら。

先ず、コンドミニアム内のエレベーターホールにあった、日本語の掲示板にびっくり。

施設内のプールの周りにたむろする、奥さんたちの多さにびっくり。

日本人学校から帰ってきた子供たちの多さにびっくり。
特に日本人が多いコンドミニアムでは、40人程度乗れるバスが2台も来るとか言っ
てました。

そりゃ確かにこんな所で暮らしてたら、新しい日本人が来たかどうかなんて、まったく
気にならなくなりますね。

こんなに日本人だらけのコンドを見て、マレーシア人や他の国の方々は、どんな風に
思っていたのかな?

結局私たちは少し奥まった所の、日本人が少なめのコンドを選んだのですけどね。
それでもシンガポールの  トアパヨ  に比べると、ずっと多かったですけどね。

マレー人もの~んびり、マイペースな人が多くて面白かったなぁ。

今度、時機を見てお話しますね!

では、今日も読んでくれてありがとうございました!!

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シンガポールに家族が来た bann

シンガポールで3年暮らしたのち、マレーシアのクアラルンプールに移りました。

飛行機で1時間弱の距離です。

ここでは、日本人を含む外国人に人気の有るエリアは、かなり限られています。
治安の面でも不安のあった私たちは、この外国人が多く住む モントキアラ に住む事に
しました。

しかし、その日本人の多いことと言ったら。

先ず、コンドミニアム内のエレベーターホールにあった、日本語の掲示板にびっくり。

施設内のプールの周りにたむろする、奥さんたちの多さにびっくり。

日本人学校から帰ってきた子供たちの多さにびっくり。
特に日本人が多いコンドでは、40人程度乗れるバスが2台も来るとか言ってました。

そりゃ確かにこんな所で暮らしてたら、新しい日本人が来たかどうかなんて、まったく
気にならなくなりますね。

こんなに日本人だらけのコンドを見て、マレーシア人や他の国の方々は、どんな風に
私たちを見ていたのかな?

あ、結局私たちは少し奥まった所の、日本人が少なめのコンドを選んだのですけどね。
それでもシンガポールの  トアパヨ  に比べると、ずっと多かったですけどね。

マレー人もの~んびり、マイペースな人が多くて面白かったなぁ。

今度、時機を見てお話しますね!

では、今日も読んでくれてありがとうございました!!

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2007年7月25日 (水)

シンガポールに家族が来た その4

カミさん 『 今日ね、このコンドミニアムに住んでる日本人の奥さんが声掛けてくれたの。
      で、何かあったら何でも言ってね。って携帯の番号もくれた。』

私    『 ほー、そりゃ良かったな。しかし来て2日目、しかも初対面の人に携帯の
       番号渡すって。
       やっぱり海外では日本人同士、みんな助け合ってるんだなぁ。』

と感心しきり。

この事を、シンガポール在住5年目 の同僚に話すと、

同僚 『 そりゃおかしいな。普通そんなことしないぞ。そんなの聞いた事が無い。
        たぶん、お前が住んでる所に、あまりにも日本人が少ないからだろうな。
      普通、日本人が住むとこには日本人が集まるからな。』

私  『 そんなもんかねぇ? 』

実際このコンドミニアム(コンド)には、220世帯中、日本人世帯は7つほど。

他の一般的なコンドでは、日本人が20%とか30%を占めるのも珍しくない。

やっぱり トアパヨ は特殊だったのだろう。
(シンガポール人の同僚も、『 何でトアパヨにしたの?!』 と何人も驚いてたし。)

実際私たちも、後から入居してきた日本人にはすぐに気付いたし、声を掛けてしまう。
それでもこれが普通だと思っていた。
なぜなら、「海外では日本人同士が助け合うもの」 だと。。。 

3年後にマレーシアに行くまでは、そう思っていた。

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2007年7月22日 (日)

シンガポールに家族が来た その3

家族が来る2ヶ月前に、既に家は決定済み。

既刊の 『シンガポールの住宅事情』 で、触れるのを忘れてましたが、家選びの際に
カミさんから一つ要求が出ていた。

それは、

 「日本人があまり多くないところ」  ということ。

赴任前に集めた情報では、

 ・ コンドミニアムによっては住人の多くが日本人で、いくつものグループが出来
   上がっている。

 ・ このしがらみは結構きつく、買い物からランチ、子供の幼稚園や学校の事まで、
   調子を合わせる必要がある。

 ・ リーダーに合わせないと、何かと支障が出てくる。

見たいなものがありました。

現実には必ずしもそんな事は無いのですが、あまり集団が好きではない家内からの
要求は納得のできるもの。

そして実際に選んだのは、シンガポーリアンが古くから住んでいる トアパヨ と言うエリア。

国土のほぼ中央に位置し、繁華街に近く、交通の便が良く、スーパーマーケットも近くに
複数有るという絶好の街!!

なのに、日本人を含む外国人はとても少ない所です。

街を歩くと、中華系のおばあさんなんかに、中国語で道を聞かれること数回。

まるでここにいる人間は、全て中華系シンガポーリアンだと信じて疑わない様に。

スーパーマーケットで買い物をしても、試食販売のおばちゃんは 最初から最後まで
中国語しか使わない。 英語で 『 えっ?何?』 って言ってもまったくお構い無し。
最後は笑顔で   『 謝謝 (シェイシェイ) 』 だって!!

家族がこの街にやってきて、2日目のこと。
仕事を終えて帰宅した私に、カミさんが今日の出来事を話してくれた。

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2007年7月19日 (木)

シンガポールに家族が来た その2

ここから、荷物ベルトにでてくる二人を待つことになる。
(シンガポール空港は、外のロビーからガラス越しに荷物ベルトが見える)

シンガポール空港は、世界でもトップクラスのサービスの良さで、毎年ランキングの
上位に入っている。
イミグレーションもスムーズだが、特筆すべきは荷物が出てくる早さ。
貨物ベルトに到着する頃には、既荷物が出てきている事も珍しくない。

それでも今日はやけに長く感じる。。。

まだか。。。 まだか。。。

人が流れてくるたびに、

 『 何処からだ?日本からか? 』

と、2人の姿を必死に探している。

その中にようやく、ちいちゃな女の子と、カミさんを見つけた。
カミさんはすぐに私に気が付いた。

娘はカートに乗ってはしゃいでいたが、やがて私に気が付くと、ハズカシそうな嬉しそうな
顔をして、この気持ちをどう表現していいのか分からない様子でジャンプをしてた。

家内の顔を見ながら 『 はやく行こう!』 と言っているようだが、

『 荷物が来てないからまだダメ 』 とでも言われているようだ。

荷物をカーとに乗せると、ようやくロビーに小走りで出てきた。
両手を広げて迎え入れると飛び込んできた。

『 少し大きく重くなったな 』

3ヶ月待ち焦がれた、何とも言えない至福の瞬間だった。

この時になって、カメラを忘れた事にようやく気が付いた。

『 失敗した。記念日になるのに。』

お昼を食べに クラークキー に行った。レストランやショップが集まる、観光客にも
人気のスポットだ。

『 シーフード、オイシイヨー。ヤスイヨー。』

日本語で話し掛けて来る店員さんをかわしながら、しばらく散策するとプリクラが有った。
こっちでも結構はやっているのだ。

『 これで記念写真撮ろうか? 』

カミさんの言葉に

『 いいねぇ! 』

このシンガポール到着記念プリクラは、今も大事にしまってある。

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2007年7月 8日 (日)

シンガポールに家族が来た その1

ホテルからコンドミニアムに移って約2ヶ月。
赴任日からは3ヶ月が経ち、そろそろ家族を呼び寄せる時期になった。

カミさんも勿論だが、日本を出る時2歳半だった娘との再会は本当に楽しみだった。
電話で話す限り、言葉も達者になったようだ。

自分の顔を覚えていてくれるかちょっと心配で、カミさんに電話で聞いてみた。
私  『 俺の顔忘れてないよなぁ? 』

家内 『 大丈夫!いつも写真見せてるから!』

サンキュー!

家族がシンガポールに到着する日、会社を早引けして空港に迎えに行った。

日本からの出張者を何度も迎えに来た事があったが、この日は空港までの道がとても遠く
感じられる。

何度も 『 無事に着陸してくれ! 』 と、心の中で祈った。

空港に着いた。モニターで運行状況を確認する。

到着予定が若干遅れていた。

 『 気を持たせないでくれよー 』

1~2分おきに、モニターをチェックする。

 到着予定時刻に変更は無い

何度も何度もモニターをチェックし、ようやく着陸間近になった。

何しろ無事に着いてくれと祈る。

そして 心の中で カウントダウンを始める。

 ≪ LANDED ≫

モニターに赤い文字が光る。無事着陸した!

『 ふぅぅー。よかったぁー。』

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2007年7月 2日 (月)

シンガポールの 住宅事情 その3

シンガポールに来てホテル暮らしも半月を過ぎた頃、家探しを始めた。

以前も触れたが、家具や家電が付いたコンドミニアムが対象になる。

国内にコンドミニアムが何十棟 或いは 何百棟あるのか検討が付かないが、賃貸用の
部屋はほぼ全てが投資目的に金持ちに売られたものである。

これら個人所有の賃貸物件を、エージェントと呼ばれる仲介業者(個人もいる)を通して、
オーナーと交渉することになる。

英語に不安のある私の為に、会社は日系の仲介業者を紹介してくれた。
エージェントは元スチュワーデスと言う、少々プライドの高そうな女性。
会話のふしぶしにトゲを感じながらも、

『 美人で英語ができて海外でバリバリやる女性 』 と言うと何となくしっくりきてしまう。
(失礼!)

約2ヶ月後にやって来るカミさんと娘が、少しでも快適に暮らせる環境を求めて、日に
何件も、全部で何十件も見て回った。

 市街地の物件は、≪便利だけど≫
  ・狭い(と言っても70~80㎡程度は有る)
  ・古い(古臭い)
  ・高い(25万~40万円/月  予算オーバー)

 郊外の物件は、≪不便だけど≫
  ・広い (でも古い物件が多い )
  ・手頃な家賃

作りが雑なのか?手入れが悪いのか?築10年を過ぎた物件は、どれも経過年数以上の
古さを感じた。日本では10年なんて、まだまだ新しさを感じるくらいなのに。

そんな中、運命を感じる物件に出会った!そして即決!

 ・築2年
 ・130㎡程度と広い
 ・28階で見晴らし抜群 (遠くに海や島も見える)
 ・各部屋が南向き、しかもほぼ全面ガラス張りでとても明るい。
 ・市街地から若干離れるが、電車、バス、高速道路全てが近くにあり便利。
 ・家賃は交渉後、何とか予算内(約20万円:全額会社支給)に収まった。

これからこの家をベースに、シンガポールでの生活が始まると思うとわくわくした。。。

。。。事を良く覚えている。
懐かしいなぁ。全てが新鮮で、驚きや発見にあふれてたな。あの頃は。
できる事なら、もう一度あの日に戻りたいなぁ。

因みに、この部屋のオーナーは、中国系インドネシア人の女性だった。
中国系インドネシア人は、半端じゃない金持ちがたくさんいるらしい。
この女性も、品があり、富裕さがにじみ出ている人だった。

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2007年7月 1日 (日)

シンガポールの 住宅事情 その2

シンガポールでは、人口の95%程の人がHDBと呼ばれる、政府管轄の団地に住んでいる。

見た目カクカクしており、デザイン的には一昔前のものを感じる。
おしゃれな作りのコンドミニアムとは、一目で違いが分かる。

たいていのHDBの1階は、住人のコミュニティの場になっている。

『コーヒーショップ』 とか 『フードコート』 と呼ばれる飲食店が入っていたり、生活雑貨店が入っている物件も多い。

どれも居住部分は2階からで、1階部分は大体どこも広い空きスペースとなっている。

そして、この1階部分は多目的に使われている。

例えば、

 ・朝の太極拳サークル活動
 ・ナイトマーケット会場
 ・住人のおしゃべり
 ・結婚式

更に
 ・お葬式

中国系のお葬式はにぎやかだ。

トラックの荷台に、中国拳法で着るような服を着た若者が大勢乗り込む。
蛍光色の旗をいくつもたなびかせながら、太鼓をたたいて街をはしる。
キャビンの上には故人の写真を飾りつける。

これの延長で、HDBの1階多目的スペースに場所を移し、続きが行われる。

最初これがお葬式だとは分からずに、お祭りだとばかり思っていた。

このにぎやかなお葬式に耐え切れずに、コンドミニアムに引っ越すシンガポール人もいるくらいだ。

中国本土からの伝統文化なのだろうから、きっとこれからも続いて行くんだろうな。

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